3分間ハワイビト

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2019/01/01

ウルトラあろは★

 

本校は東京三田麻布十番、分校は藤沢辻堂にてフラダンス教室を展開するハーラウ・ケオラクーラナキラ、主宰の田中新です。

 

 

ウェルカム。

ニーゼロイチキウ。

 

 

改めまして、

 

皆様、
明けましておめでとうございます。
本年も
Halau Keolakulanakila
を宜しくお願い申し上げます。

 

 

我々は、今年もフラを踊りたいと思います。

 

もちろん、ハワイの文化なので、ハワイそのものに敬意を払う必要がありますし、その土地の雨や風、歴史や背景を知る必要があります。しかしながら、我々の生活ベースは日本であり、日本の雨風を感じるしか方法はありません(特に最近は【水】の大切さをしみじみと感じているので、水に関する曲をやりたいなと感じていたりします)。

 

ハワイアン達が紡ぐ歌詞は、雨や風、木々の揺らめき、山々の壮大さを時に軽快に、時に溜息がつくほど美しく表現します。

 

それは単純にそういった、「大自然」という一つの生き物として捉え、畏敬しているだけではなく、きっと、彼らの生活の中で生まれる向かい風や追い風、あるいは行く手を阻む雨や雑音といった比喩的な表現も含まれていると思うのです。

 

でもそれら全てを彼らは「美しい」と表現したりします。ハワイアン達は古くからきっと知っているのかもしれません。『結果、それが生きる糧になり、魂を鍛えてくれる出来事であり、実は全てが嬉しく、愛おしく、命そのものを育んでくれる出来事なのだ』という事を。

 

何故、日本人の私たちがフラに触れることを望んでいるのか、明確なことは誰にも分かりませんし、人それぞれのスタンスがあります。ですが、きっと、私たちの真ん中にある何かが、それを欲してるのかもしれません。

 

ただ、私たち日本人の民族性が故に、形に捉われたり、細かいテクニックを追い求めたりして、色々なことに白黒を付けたりしてしまい、正しいとか間違っているとかで判断してしまいがちです。

 

だから、田中は言いたいのです。

もっと個人的な経験や生活の中で感じている愛おしさや感謝の気持ちを、想いを、モーションの中に埋め込めるようになって欲しいんだと。それこそが、フラは言葉である、と言われる所以なのではないかと。

 

 

毎日をもっと笑顔に、より彩りのある日常を。

 

 

2019年も宜しくお願い申し上げます。

 

 

明日も今日より一歩前へ

 

いむあ(はぁと)

 




2019.01.01
ハーラウ・ケオラクーラナキラ
主宰 田中 新

 

 

 

 

■□■ラナキラよりお知らせ□■□■□

2019年1月の見学・体験受付は終了させて頂きます。1月からは2月以降の受付となります。宜しくお願い申し上げます。

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